13.川崎市における「公害隠し」の最前線

                       2025年8月     川崎から公害をなくす会

1.はじめに

   公害という言葉を、見かけなくなって久しい。もちろん、私たち公害根絶をめざし活動をしている者は、日々この言葉を使用し話しをしている。それは、公害がいまもなお厳然として続いているから、いな益々深刻になっているからである。そこで誰が「公害隠し」をしているのか、これを暴かなくてはいけない。大企業や財界は、もちろん公害を認めたがらない。市内でいまも年間2万トン近くの窒素酸化物を排出しているのに、「煙突から出ているのは水蒸気だ」等と平気でまやかしを言っている。そこで、最も身近な市政の動きを住民側から探ってみた。

2.公害は、決して無くなっていない

   先ずは実態から。川崎の大気汚染公害は、燃料の転換や住民運動により企業・行政が一定の防止対策を施したことから完全ではないにしても、煤塵や硫黄酸化物について大幅な改善を見ている。しかし改善が遅れているものに、窒素酸化物や微小粒子状物質、環境基準未達成の光化学オキシダントなどがある。この変化は、一言でいうと「目に見える公害」から「目に見えない公害」への変遷と表現できる。下に、2024年度の二酸化窒素と微小粒子状物質の環境濃度を示した。二酸化窒素は、環境基準の上限値(日0.06ppm)はほぼ達成できたが、下限値(日0.04ppm)も市の環境目標値(日0.02ppm)もいまだ達成できていない。微小粒子状物質(PM2.5)は、環境基準(日35μg/m3)が達成できたとされるが、そもそも基準値が甘く長年見直しがされていないことが問題である。WHOは、この両物質について健康をまもるため夫々、日0.012ppm、日15μg/m3という厳しい数値を提唱している。

  そして現在、最大の公害が温暖化・二酸化炭素である。二酸化炭素濃度の上昇は世界的であるが、国内においても年々猛暑が増加し熱中症患者や死亡者が続出している。温暖化が公害というと、不思議に思われるかもしれないが欧米では常識である。米国連邦裁判所での判決も出ている。

     (図-1)  一般環境測定局における濃度             

(図-2) 自動車沿道測定局における濃度

    (注) 単位:NO2はppb、pM2.5はμg/m3   図-1~4は行政デ-タをもとに作成

 次に公害被害の実態であるが、公害病認定疾病のうち、近年では気管支ぜん息が増加している。 市医師会の実態調査によると、近年やや高止まりになっているが、今も全市に約2万人の存在が報告されている。この他、市民の呼吸器系疾患や循環器系疾患の死亡率が、年々上昇傾向にある。                 このように、川崎においては一見公害は改善されたかのように見られるものの、公害と被害は厳然として存在しており、一日も早い解決が求められているのである。    

   (図-3) 全市の気管支ぜん息患者数の推移      

(図-4) 市内の熱中症被害者搬送人数の推移

  このことについては、以下の諸点が列挙できる。

 (1) 行政組織から「公害」を外す

    公害局が出来たのは、伊藤革新市政の1971年10月。それが1986年4月環境保全と改名され、2008年4月には公害部が環境対策部と変えられた。課名として残っていたのも2021年度が最後となった。また1969年からあった衛生局公害部も、すぐに課名に格下げされ1989年4月には完全に消された。もちろん、行政からは公害の加害-被害の範疇に載らない業務が増大したことによるとの反論はあるだろうが、住民の立場からは公害への隠ぺいに加担していると見える。なお、私たちが公害と呼んでいるものは、主に大気汚染に関わるものを指している。

(2)「公害」の用語を使わないようにする

   企業側に、かつて公害イコール亜硫酸ガスと見る向きがあった。その環境基準が達成され、開発(経済活動)を進めたい企業に配慮した行政は、意識的に不使用に舵を切ることになったのではないか。ここに一つ、面白い事例を紹介する。「かわさき市政だより」(2023年7月号)に、福田市長の『この夏「川崎臨海部」を楽しんでみませんか』という呼びかけが掲載されたが、そこには「1960年代には深刻な環境問題が発生しました」とあった。インタ-ネット検索しても、1960年代と云えば公害問題としか出で来ない。余りに非常識・的はずれ・意図的な文章ではないか。

(3) 環境基準達成をもって「公害」は無くなったする

もとより、環境基準は国民の生命と健康をまもることにある。公害被害者を出さないことが目的のはずである。このことを考慮しないで、公害・環境行政を推進できるのかが問われている。現行の二酸化窒素に係る国の環境基準が、非科学的だからこそ川崎市は旧環境基準でもある「環境目標値」を設定しているのである。それだけでなく行政は、二酸化窒素の測定法変更(湿式から乾式)や観測局における大気吸入口の移動など、数値の低下・良からぬことを実施してきた。決して、環境基準の「達成」が公害改善ィコールとは云えない。「水の大気汚染」ともいうべき酸性雨も、市内では麻生測定局と川崎区の環境総合研究所(以前は公害研究所)の2カ所で自動測定が行われていたが、機器の老朽化を理由に、夫々2019年・2023年の3月に廃止してしまった(現在は期間を決めた手分析で実施)。pH5.6以下の、酸性雨はいまも降り続いているのに。

 (4) 公害被害救済制度を改悪・廃止する

    公害隠しをするためには、「公害病患者」をなくすことが手っ取り早い。行政が真先に強行したのは、1988年3月の公害健康被害補償法に基ずく、公害指定地域の全面解除であった。川崎市は2023年6月、市議会に成人ぜん息及び小児ぜん息の各医療費助成・支給制度の廃止を企て翌年3月に強行した。いずれも、創設とその後の経過を見れば公害被害救済制度であるにもかかわらず、国のアレルギー対策基本指針の改正(22年3月)を口実にしたものであった。一般に気管支ぜん息は、非アトピ―が小児で約2割、成人で約5割とされ、アレルギー素因があっても大気汚染物質が疾病の炎症や気道過敏、増悪に関与しているとされる。アレルギーに、公害を閉じ込めるのは間違いだ。公害被害と福祉の関係に「公平性」の議論を持ち込むのはおかしい。そもそも、公害団体の存在が気に入らないらしく、あろうことか制度見直しに際し、公害患者との話し合いを避け市長は面会を拒否した。いままた、気管支ぜん息患者実態調査や川崎・横浜公害保健センター廃止を進めようとしている。 

4.そんなに、「公害イメージの脱却」が大事なのか    

  川崎市にあっては、公害が改善されているのに市民の中で公害意識がなくならないのは問題だとして、この間、各種情報誌を使ったキャンペ-ン、工場見学・産業観光、学校教育などを舞台に、「公害イメ-ジ脱却」が実施されてきた。JR川崎駅コンコ-スに設置された動画による工場の無公害宣伝もされたが、これについては私たちの抗議で中止させた(2016年7月)。このことで無視できないのは、「川崎市大気・水計画」の中で、行政目標として『市民実感』の改善を掲げていることである。現状(20年度52.9%)⇒目標(30年度55.0%)。公害そのものを改善・根絶することが、本来の行政のあるべき姿ではないのか。

   かわさき市民アンケ-ト(2024年10月実施)によると、「市政の仕事で特に力を入れてほしい」もののうち、「大気汚染など公害防止対策」については、年々順位が下がってきているものの、13位12.9%である。区別にみると、臨海部に近い市南部の川崎区や幸区で、相対的に高い公害意識がある。

5. おわりに (公害根絶を求めて)

    2024年は、川崎市の市制100周年であった。市は記念誌(「カワサキノコト」)を発刊、この中の環境部分の記述に対し、ある無所属議員が市議会の場で「捏造公害が書かれている」「こういう捏造公害史観をあおっているのは」川崎市の責任だ等と攻撃した。これは、二酸化硫黄濃度が改善したのは革新市政以前のことで、国の法律によるものだ等とするものであったが、年平均値の推移のグラフの中で、日平均値の環境基準値を当てはめるという「いかさま」をしたことによるものであった。私たちは、適切な対応をしなかった市に対し直ちに要請を行った。こうした動きは、昨今政治の分野で強まりつつある右傾化・戦前化の風潮とも連動するものだ。こんな公害隠しは論外で許されない。

 市政は、地方自治の本旨にもとづき住民の生命とくらしを守ることが使命であるが、とりわけ公害についてはこれが求められる。その点、革新市政の時代は、何よりも住民の声によく耳を傾け国に先んじて沢山の施策が実施された。そして、市独自の対策―上乗せ・横出しのぎょうせいが進められた。いまの市政は、国や企業の方向ばかりに目が向いており、とても住民本位の市政とは言えなくなっている。

公害運動は、高齢化により先細りの感が否めないがまだ一定の勢力はある。気候変動における若い人たちの活動とも広く連携していければと考えている。“きれいな空気と生きる権利”を求める運動は、正義の闘いであり市民全体の願いでもある。